マインドフルネスと相場

相場禅

マインドフルネスの語源は、パーリ語の「sati」であり、日本語では「念」。

これは「気づき」というよりは、「一瞬の隙も作らず気づき続ける」、途切れる事なく観察し続けるということ。

トレードの最中、ちょっとでも油断すると、隙ができて魔が入り込む。

そして、いつの間にかトレードが崩れてしまう。

常に注意深くマインド、感情、身体感覚を監視して魔が刺さないようする。

これを体得するには、日々の修練しかない。

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修行僧たちよ。

修行僧が念じているというのは、どのようにすることなのであるか?

修行僧たちよ。

ここで、修行僧は、

身体について身体を観察し、熱心に、よく気をつけて、この世における貪欲や憂いを除去していなさい。

感受に関して感受を観察し、熱心に、よく気をつけて、この世における貪欲や憂いを除去していなさい。

心について心を観察し、熱心に、よく気をつけて、この世における貪欲や憂いを除去していなさい。

諸々の事象について諸々の事象を観察し、熱心に、よく気をつけて、この世における貪欲や憂いを除去していなさい。

このようにしてこそ修行僧は、(正しく)念じているのである。

また、修行僧たちよ。

修行僧がよく気をつけているというのは、どのようにすることなのであるか?  

修行僧たちよ。ここで、修行僧は、

出て行くときにも、もどるときにも、よく気をつけていて、

前を見るときにも、後を見るときにも、よく気をつけていて、

腕を屈するときにも、伸ばすときにも、よく気をつけている。

大衣や衣鉢をとるときにも、よく気をつけている。

食し、飲み、嚙み、味わうときにも、よく気をつけている。

大小便をなすときにも、よく気をつけている。

行き、住し、坐し、眠り、めざめ、語り、沈黙しているときにも、よく気をつけている。

修行僧たちよ。修行僧はこのように実によく気をつけているのである。

修行僧たちよ。修行僧は、このように念じて、よく気をつけておれ。これが、お前たちに説くわたしたちの教えである。

ブッダ最後の旅: 大パリニッバーナ経

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